第4回 定例研究会 (2011 / 11 / 19)
報告者: 大内 一
トラスタマラ朝初代国王エンリケ2世の即位の正当化をめぐって
・トラスタマラ内戦( 1366 - 69 年 ) [ →
史料(1)、(2) ]
・トラスタマラ内戦をめぐる諸解釈
ビニャス・イ・メイ / クラベロ / バルデオン
・即位の正当化 → 「 正統 」 へ
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1. 13、14世紀の 〈 正当な国王 rey 〉 と 〈 暴君 tirano 〉 |
・王権の神的起源
・9 世紀頃に 「 神の恩寵による国王 」 の表現
・13 世紀の法編纂を通して確立
・国王像
『 七部法典 』 による国王像
・霊的権力と世俗権力の調和
・王国における 〈 神の代理人 〉
・唯一の立法権者
・正当な国王の要件
前国王からの相続 / 王国民による選出 / 女王位相続人との婚姻 /
神聖ローマ皇帝あるいはローマ教皇による任命
・自然法と教会法に由来する宗教的、倫理的制限 [ →
史料(3) ]
・暴君像
『 七部法典 』 : 王位簒奪者 / 権力乱用 [ →
史料(4) ]
『 国王の鑑 Speculum Regum 』 の暴君行為 [ →
史料(5) ]
・個人的利益の優先
・王国正義の破壊
・多数者の助言の排除、縁故者重用
『 国王サンチョの刑罰と記録の書 』 および
『 アエギディウス・ロマヌス 《 君主政体論 》 カスティーリャ語注釈集 』
・ 〈 公的善 〉 の概念が強調
・なぜ 〈 神の代理人 〉 たる国王が 〈 暴君 〉 でありうるのか
『 国王の鑑 』 によると、
〈 正当な国王 〉 は神の命によって即位する
〈 暴君 〉 は 〈 神の怒り 〉 を伝えるため、神の 〈 同意 〉 により出現する
・ 〈 暴君 〉 に対して臣民は 〈 抵抗権 〉 を有するのか
『 七部法典 』 にみる臣下の義務
〈 敬愛 〉 と 〈 畏敬 〉 の念をもち王と王の 〈 名誉 〉 を擁護する
王国内外のあらゆる敵から国王を守護する
〈 暴君 〉 にも 〈 助言 〉 もしくは 〈 忍耐 〉 で仕える [ →
史料(6) ]
反乱に際し、国王のもとに直ちに馳せ参じる
『 七部法典 』 に見る反逆行為
国王の殺害計画 / 敵と内通して戦争 / 他者に反乱を示唆 /
城代職による城砦の喪失 / 戦場で国王を危険に晒す /
国王命令なしの軍事行動 / 国王に対する暴動・騒乱への参加 /
地方長官や国王顧問、護衛騎士、宮廷判事の殺害 /
反逆者の処刑と財産の没収
・反乱の正当化
ペドロの 〈 残虐性 〉 / 非キリスト教的行為 / 神の意志による退位 [ →
史料(7) ]
ペドロの出生に纏わる風評 / 王国共同体の抵抗権
・弑逆の正当化
ペドロ1世の死は 〈 神の意志 〉 / エンリケは 〈 神の意志 〉 の執行者
・即位の正当化
王位相続権者 : ペドロの娘コンスタンサ / ポルトガル王フェルナンド1世
王国共同体による国王 〈 選出 〉 を法的根拠 [ →
史料(8) ]
国王位の選挙制を主張 [ →
史料(9) ]
王子承認 = 次期国王の選出 / 世襲制を維持
・法と秩序の回復者エンリケ
王国との 「 対話 」 の再開
アルフォンソ11世期の 〈 正常性 〉 への復帰宣言 ( 1367 年 ) [ →
史料(10) ]
「 最高価格令 」、「 最高賃金令 」 の公布 ( 1369 年 )
「 司法令 」 の公布、高等法院の制度化 ( 1371 年 ) / 法秩序・正義の再建
外交関係の正常化 → 合法的な統治者としての実態 ( 1372 年頃 )
・反トラスタマラ活動
反エンリケ派貴族の抵抗
ポルトガル王フェルナンド1世のカスティーリャ王宣言
ランカスター公ジョンのカスティーリャ王宣言
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3. フアン1世期 ( 1379 - 90 年 ) |
守護聖人サンティアゴによる騎士叙任と戴冠 / 王権の神聖化・不可侵性
アルジュバロタの戦い ( 1385 年 )
『 七部法典 』 を根拠に王位を正当化 ( 1386 年 )
ランカスター公のガリシア進入 ( 1386 - 87 年 )
バイヨンヌ条約 ( 1388 年 ) : エンリケ王子とカタリーナとの婚姻
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4. エンリケ3世期 ( 1390 - 1406 年 ) |
ロペス・デ・アヤラ : 『 ペドロ1世年代記 』
ペドロ1世の 〈 暴君 〉 像の定着
「 王国正義の破壊者 」 のイメージ
〈 冷酷 〉・〈 残忍 〉 [ →
史料(11) ]
〈 権力の乱用 〉 : 王族、貴族の処断
〈 放縦 〉 : 王妃ブランシュの処遇 [ →
史料(12)、(13) ]、 パディーリャ一門の重用
「 教会秩序の破壊者 」 のイメージ
〈 結婚秘蹟の冒涜 〉
フワナ・カストロとの結婚 / マリア・デ・パディーリャとの結婚
〈 教皇への不服従 〉
〈 聖職者の迫害 〉 [ →
史料(14)]
〈 キリスト教の敵との提携 〉
〈 悔悛の不可能性 〉 [ →
史料(15) ] / トラスタラマ朝成立の不可避性を暗示
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5. フアン2世期 ( 1406 - 54 年 ) |
オルメドのコルテスにおける宣言 ( 1445 年 ) [ →
史料(16) ]
王権の直接受託 / 国王の不可侵性 / 国王権威の絶対性
サンチェス・デ・アレバロ : 『 イスパニア小史 』
「 国王の犯した罪は寛容に受け入れられるべき 」 の文言
ディエゴ・デ・バレラ : 『 平和に関する説諭 』 の国王像 [ →
史料(17) ]
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カスティーリャ王権の絶対的性格
史料
(1) "Ni quito, ni pongo rey, pero ayudo a mi señor" : 『 我は国王を王座から退けようとするものでも、誰かを王座に即けようとするものでもない。
ただ主人に加勢するのみ 』 ( 伝説 )
(2) 『 ・・・ フランス人傭兵隊長ベルトラン・ドゥゲクランは、組み打ち合う異母兄弟のうち、兄エンリケに馬乗りになった国王ペドロ1世を短剣で刺した。
エンリケはペドロが転がったところを逆に馬乗りになり、弟を自らの手で殺害した。そして、ペドロの首を切り落とし、通りに放り投げた ・・・ 』
(
Crónica del Rey Don Pedro), p. 592
(3) 「 ・・・ 国王は「自己の利益よりも臣民共通の利益を常に優先させ、 ... 老若を問わず臣民を愛し尊び、知徳をもって臣に喜びを与え、
臣民の間に愛と調和をもたらし 」、また 「 法を公正に行う ・・・ 」 ( Partida II, Título I, Ley 9 ).
(4) 「 武力、偽り、裏切りによって、王国を奪った 」 王位簒奪者と、たとえ合法的に即位した国王であっても、「 ・・・ 大貴族を害し、賢者を殺害し、
信徒会や集会を禁じるなど ・・・ 王の権力を乱用する者 」 ( Partida II, Título I, Ley 10 ).
(5) 「 真の国王は公的利益を愛するのに対し、暴君は何よりも自己の利益を優先させ、自己の利益と合致した場合にのみ王国の利益を求める 」
(
Speculum Regum, p. 260 )
(6) 「 ・・・ 国王を悪行から擁護するには、まず第一に忠言をなし理をもって国王に悪行の非を説くこと、いま一つは国王に悪行を飽いて止めさせる
ための道を求めること、の二つの手段が講じられるべき ・・・ 」 ( Partida II, Título XIII, Ley 25 ).
(7) 「 ・・・ 神はこの悪行が日毎に増さないよう王国のすべての臣民に慈愛を施された。臣民はすべて国王 ( ペドロ ) にもっぱら臣従し、国王を
助け王国を守備するために国王の側に仕えていた ... 神はペドロに裁きを下され、国王は自らの意志で王国を放棄し立ち去った。カスティーリャ
とレオンの王国のすべての臣民は大いに喜び、神が自分達をかつての辛く危険な治世から救い出すために慈悲を施されたことを知った。」
( 1367 年のナヘラの戦いの直前にエンリケが黒太子エドワードに送った書簡 ) (
Crónica de Pedro I, p. 556 )
(8) 「 王国のすべての臣民は、自らの意志で進んで我々のところに足を運び、エンリケを国王に選んだ。司教達や貴族、都市民も同じように
エンリケを国王に選んだ。我々は、これらの事柄が神の御業であると考える。神の意志と王国全体の意志によって与えられた ( 王位 ) である
から、貴殿はこれを我々から奪う権利を何らもたない 」 (
Crónica de Pedro I, p. 556 )
(9) 「 ・・・ それ ( 王国の臣民による国王の選出 ) は驚くべきことではない。なぜなら、かつてスペインを支配していた西ゴート人もそうしていた
からである。彼らはよりよき統治者を国王として選出していた。この習慣は長きにわたってスペインで維持され、それは今日でも、王国の臣民が
国王の存命中に王位継承者を承認し臣従の誓いを行うという形で残っている。このことは他のキリスト教王国では見られない ・・・ 」
(
Crónica de Pedro I, p. 556 )
(10) 「 ・・・ 亡き父王アルフォンソ ( 11世 ) がアルカラ (・デ・エナーレス ) で開催したコルテスで公布したすべての法令を批准する。さらに、
歴代国王が制定した七部法典やその他の法令をも同様に批准するものであり、それらが亡き父王の時代に遵守されていたように遵守される
べきことを命じる」 :
Cortes, II, p. 155.
(11) 「 ・・・ フワン・ルイスが国王の前に進み出て言った。『 陛下、ガルシラソを如何いたしましょうか 』。 すると国王は、『 汝に彼の処刑を
命ずる 』 と答えた。そこで、その石弓射手は進み出てガルシラソの頭を棍棒で一撃し、フワン・フェルナンデス・チャモロが短剣で刺した。
彼らはガルシラソが息絶えるまでそれを続けた。国王は遺体を通りに放り出すよう命じ、彼らはその命令に従った ・・・ 」
(
Crónica de Pedro I, p. 413 )
(12) 「 ・・・ アラゴンの王子とそれに従う騎士達は、... 国王ペドロに書簡を送り、自分達全員が国王に仕えることを如何に望んでいるかを知らせた。
宮廷から離反した理由は、国王が王妃ブランカを遠ざけてその名誉を傷つけ、そのうえ、愛妾マリア・デ・パディーリャの縁者の寵臣が王国内や
王室内で悪政を敷き、他の貴族の名誉を汚しているからである … 」 (
Crónica de Pedro I, p. 450 )
(13) 「 … 色白で金髪で優雅な物腰の才女だった。毎日心を込めて神に祈りを捧げながら、囚われの身で大変辛い生活を送り、辛抱強く
あらゆることに耐えた ・・・ 」 (
Crónica de Pedro I, p. 512 )
(14) 「 ・・・ ドミンゴ・デ・カルサダ出身の一人の神父が国王に会って内密に話がしたいとやって来た ... 神父は国王に次のように言った。
『 聖ドミニコが夢のなかに現れ、私に王の元に赴き、「 行いを改めるよう、さもなくば身を滅ぼすことになろう。なぜなら、王の兄、伯爵エンリケが
王をその手で殺害することになるから 」 と伝えよと告げた。 』 ・・・ 国王はその神父が誰かの指図によってそう言ったと考え、直ちに神父を焼き
殺すよう命じた ・・・ 」 (
Crónica de Pedro I, p. 504 )
(15) 「 ・・・ 国王が狩りをしているときに、羊飼いらしき男が王の側にやって来て、国王に次のように伝えよと神に言われたと告げた。王妃ブランカ
に対する国王の非道は確かであり、厳しく罰せられるべきである ・・・ しかし、王妃を再び妻として迎え入れ、本来あるべき待遇に戻すならば、
王妃との間に嫡男が生まれ、その子が王国を継承するであろう ・・・ 」 (
Crónica de Pedro I, p. 512 )
(16) 「 ・・・ 如何なる者も国王に触れてはならない。なぜなら、国王は神から塗油された存在だからである。また、国王の悪口を言ったり、
心の中で悪いことを考えてはいけない。なぜなら、国王は神の代理人であり至高の存在として名誉を与えられているからである。また、
国王に反抗してはならない。なぜなら、国王に反抗することは神の命に逆らうことだからである 」 :
Cortes, III, p. 458.
(17) 「 ・・・ 〈 正当な国王 〉 の権力と 〈 暴君 〉 の権力は同じである。しかし、両者の違いは、〈 暴君 〉 が 〈 残虐 〉 に処罰するのに対して、
〈 正当な国王 〉 は、必要かつ重大な理由のある場合を除き、可能な限り処罰を避ける。そして、〈 暴君 〉 は王国の臣民を攻撃するために
武力を行使し、〈 正当な国王 〉 は王国の臣民を守るために武力を有する ・・・ 」 ( Diego de Valera,
Exortación de la pas, p. 83 ).
史料&参考文献.pdf