Ghostly Gazetteer of Australia

シドニーの歴史

シドニータワー

シドニーの歴史は、1788年にイギリス人、アーサー・フィリップが487名の兵士及び約700名の囚人を連れて上陸した時に始まった。シドニー湾には、当たり前のことだがアボリジニが4万年前から定住していた。

そこへイギリス人が入植してきて、当初はニュー・アルビオン(アルビオン(Albion)は、グレートブリテン、またはイングランドの古名、雅名。ラテン語で「白い国」(羅 Albus)を意味する。)と名づけられた。一説によると、その後シドニー卿が植民地開設の特許の交付を斡旋したことからシドニーと名前を変えられたらしい。

またオーストラリアはイギリスの植民地として発達していったが、当初イギリスから遠く離れているため、移住にはとても多くの資金が必要となり、一般市民は入植することができなかった。

そのため、国は公的資金を投入し、囚人を送る流刑植民地としてオーストラリアを発展させていった。その後、移民の三分の二を政府から渡航費の援助を受けた補助移民が占めることになり、オーストラリアは人種的により均質化した。

そして1822年にはすでに銀行、市場、整備された道路網などを備えた街として発達した。1842年にオーストラリアの最初の市となり、急速な発展を遂げた。

ニューサウスウェールズ州古名クイズ

@Doomot もしくは Doumotと呼ばれていた都市はどこでしょう。

答えは次回のページに。 (文責 山本・津村)

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