第5章 白人労働者階級の形成
―下からの歴史―

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要約

労働者階級の白人性の問題を取り上げる本章では、まず、E.P.トムスンや、ハーバート・ガットマンなどの、いわゆる「下からの歴史」観に対するデイヴィド・ラディガーの批判を議論の嚆矢としている。ラディガーは、労働者階級が独自の文化や規範を形成していたと主張するトムスンらが、労働者の白人性や、白人労働者自らによる支配体制の構築について、言及をしていないと批判する。つまり、労働者階級の「正」の文化形成にのみ焦点を当て、「負」 の文化形成が無視されているというのである。

このような「負」の文化形成についてラディガーは、「白人性の賃金」という発想を用いて説明する。白人労働者が、現実的には資本主義社会に組み込まれ、従属的な地位に甘んじているにもかかわらず、自尊心を失わず賃金労働と折り合いをつけられたのは、自らを黒人奴隷と差異化することにより、独立した労働者としての公的・心理的な賃金を受け取ることができたからなのだ。このことは、非熟練労働に従事する割合が高く、黒人と大差のない劣悪な生活環境で暮らしていたアイルランド系移民に特に顕著であった。ラディガーの考え方は、白人労働者が疎外的で搾取的な階級関係を、人種によって与えられるステイタスと特権によって埋め合わせていたとするW.E.B.デュ・ボイスの影響を強く受けている。

 このような白人化のプロセスにおいて、白人労働者の黒人に対するアンビバレントな意識が存在していたことも重要である。つまり、黒人を好色で、怠け者で、自然で、無頓着な人間と認識し、黒人を差別し攻撃する一方で、資本主義とは相容れない、このような生き方に潜在的な憧れを持っていたのである。このような両面価値的な意識が典型的に表れるのがミンストレル・ショーであった。

 つづいて本書で言及されているのは、反中国人・アジア人意識に関連する形での白人意識の形成という問題である。この問題は、合衆国という枠組みを超えて、同じアジア系移民問題を抱えるカナダやオーストラリアにおける白人意識の形成という、より大きなコンテクストにつながる。そして、最後に、白人性構造の解体についての近年の新しい潮流が紹介されて、本書は締めくくられている。

用語解説

感想

アイルランド系移民が黒人との差異化を図るプロセスにおいて、黒人を職場から排除したというのは適切な表現なのだろうか。差別対象を作り上げることにより、公的・心理的優越感(ラディガーのいう白人性の賃金)を得られるということは納得できる。しかしそれは職場において被差別対象(黒人)がいてこそ可能な現象ではないだろうか。職場から完全に黒人を排除してしまうと、今度はアイルランド系が最下層になるという危険性があったであろう。よって、黒人を差別しながらも、被差別対象として彼らには職場の窓際にいてもらわねばならなかったのではないだろうか。

コメント もちろん、アフリカ系のアメリカ人を職場から排除するのは、心理的優越感をえるだけではなく、いやそれ以上に経済的な動機が働いていたのは当然のことです。職場を白人労働組合が独占することで、高賃金を得ることを目指したのです。これは誰もが言っていることだから、それに劣らず重要なものとして、社会的な「白人性の賃金」があるというのが、ラディガーが強調するところです。単にある人物やある集団をいじめて優越感を得たり、ストレスを解消するには、同じ労働の場や生活の場にいたほうがいいでしょうが、そういうことは、社会システム上あまり意味がないと思われます。質問はおもしろかった。



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