第20章 共和国になれなかったオーストラリア
−広がる生活不安と文化不安−

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要約

戦後、アジア・太平洋国家というアイデンティティに転換してきたオーストラリアは、その帰結として多文化社会化を促進してきた。このことが1990年代以降の国内の政治・経済に大きな影響を与えていく。この点に考察を加えたのが本章である。

長らくイギリスへ依存してきたオーストラリアの経済体制は、戦後になると日本などアジア諸地域の成長により、国際競争力強化を迫られた。それを背景として、1980年には、労働党政権下で経済の規制緩和や経営合理化が進められた。1996年に誕生したハワード保守政権は、労働党が達成できなかった改革を推進した。特に労使関係改革が徹底され、労働組合は弱体化した。これらの改革にともなって失業率は増加し、国民生活への不安が高まった。

政治の領域では、1990年代に入ると、オーストラリアの共和国化をめぐり、議論が過熱した。共和国化推進の動きに対して、アジア移民の流入に国民アイデンティティの危機を見て取った人々は反発して、いくつかの論争を巻き起こした。その代表的な論争が「ハンソン論争」である。その主張は反多文化主義に彩られていた。論争はその後の共和国化の賛否を問う国民投票にも影を落とし、投票は共和国派の敗北に終わった。現在のオーストラリアは、国民の不安を背景に、アジア・太平洋国家化への動きを鈍化させている。

用語解説

感想

1999年の国民投票における共和国派の敗北は、オーストラリア現代史の大きなターニングポイントとして記憶されるだろう。オーストラリアのアイデンティティは、依然として曖昧なものに留まらざるを得なくなった。変化に不安を覚える国民と、否応無しに進行していくグローバル化の狭間で、世界の中でのオーストラリアに位置は見えにくくなっていが、イラク戦争にも参戦したオーストラリアは、英米との協調に自らの存在意義を見出そうとしているように思われる。

コメント 英米との強調は構造的なものです。これは、『オーストラリア歴史の旅』で指摘したとおりです。


立憲君主制国家とはいえいまだに連邦総督なるものが存在し、75年にはホイットラム首相が連邦総督によって罷免された、というのは信じられなかった。議会制民主主義国家の、しかも責任内閣の首相がイギリス国王の代理人に罷免されるのは、どう考えてみても奇妙な話であると思う。オーストラリアの歴史的歩みを思い知らされると共に、いまだ連邦総督が存在し、しかも本国では「君臨すれども統治せず」であるのにオーストラリアでは国王の代理人が君臨するだけでは終わらないことがある、ということに関心を持った。

オーストラリアの共和国化についての国民投票は私も関心があったので当時注目していたが、私は共和国化賛成派が勝利するだろうと考えていたので驚いた記憶がある。当時はなぜなのか全くわからなかったが、本を読んでみて妥協案であったことなどを知り新たに考える材料を得ることが出来た。今後共和国化がどうなっていくのかが楽しみである。

コメント 共和制の投票には不満でも、同時にラグビーのワールドカップでは勝ったから、オーストラリア人は満足だったと思うよ。切腹。


今日、日本でも労組に元気がないのは、グローバリゼーションによる規制緩和、競争力強化の波にさらわれて、いつのまにか骨抜きにされてしまったからなのか。下層労働者にとっては、生きにくい世の中になりつつある。

最近夜にテレビをつけると、いたるところでネオコンっぽい「有識者」が出演しているのに驚く。文芸春秋もここ何年間かそういう雰囲気の文章が多く、定期購読をやめようかと悩んでいる。

コメント このあいだ橋本弁護士が、たかじんの番組で日本の植民地支配にも建設的なことがあったことを、韓国人が認めないのはおかしいと言っていたよ。日本の植民地支配の良い点と悪い点を両方理解すべきだって。ヒトラーはアウトバーンを建設しドイツ近代化に貢献したから、ドイツのユダヤ人はヒトラーを評価しないといけないんだろうか。どんな支配だってポジティヴな面は必ずあるけど、他民族の生存権や人権を大きく侵した場合には、意味がないように思えるけど。そういうのを黙って聞いている日本人は、少しおかしいじゃないかと思うよ。


現在のオーストラリアがヨーロッパ国家の枠組みを離れ、アジア・太平洋国家としての道のりを歩み始めることには大きな問題もまたはらまれているようだ。それはオーストラリアの経済的能力だけでなく、近年まで白豪主義を貫いてきたその国民性、そのアイデンティティにまで変化の必要性が生じる。実際、共和国化が成功しなかった事例を見ても、オーストラリア人の不安がどれほどのものか想像がつく。オーストラリアの変遷はこれからまたいくつもの転換点を迎えるのではないだろうか。

コメント 「はらまれている」はちょっと苦しい言葉遣いやね。推敲しよう。オーストラリア人がそんなに不安がっているようには見えないけど。多分、不安だ、不安だというのがいい文化なんだろう。


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