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『文学研究科紀要』『待兼山論叢』最新巻号の内容

『文学研究科紀要』第55巻(2015)

日本中世における在俗出家について(平雅行)
ジャック・ランシエールとドイツ・ロマン主義
  ―「芸術の美的体制」の二つの「場面」のあいだに―(田中均)
フェミニスト現象学における障害の身体論の展開
  ―哲学的当事者研究の可能性―(稲原美菜苗)
『朱子語類』巻第一百 邵子之書 訳注(その二)(辛賢)
19世紀ボヘミアにおける民俗学的思考の変容
  ―ホスチンスキーの言説を手がかりに―(三谷研爾・中村真)
育児書を読む家庭―18世紀ドイツの育児書の特徴の検討から―(吉田耕太郎)
意訳地名「牛津」「剣橋」の発生と消長(田野村忠温)
使役構文の形成と結合価再考―日本語と韓国語の証拠から―(鄭聖汝)

『文学研究科紀要』第54巻(2014)

 明治中期の回覧雑誌「共究会文章会」―附 魚住折蘆・和辻哲郎遺文―(岡島昭浩)
ブレヒトの『ガリレイの生涯』―三つの稿についてー(市川明)
「近しい国ドイツ」の神話―明治期日独関係の構築に向けて―(竹中亨)
戦後天皇「ご一家」像の創出と公私の再編(北原恵)

『文学研究科紀要』第53巻(2013)

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出家入道と中世社会(平雅行)
『白樺』に先行する芸術運動―『明星』『スバル』『方寸』とその時代状況(清水康次)
『朱子語類』巻第一百 邵子之書 訳注(その一)(辛賢)
李學逵「草梁倭館詞」訳注稿―19世紀の挑戦実学者が詠った倭館・日本(浅見洋二 伊川健二 
小野潤子 康盛国 岸田文隆 金聲振 許秀美 合山林太郎 酒井裕美 高山大毅 横山恭子)
パスカルと三つの無知(山上浩嗣)
非意図的な出来事と「損失構文」―使役構文との相違についてー(鄭聖汝)

『文学研究科紀要』第52巻(2012)


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Epistolary Formulae of the Old Uighur Letters from the Eastern Silk Road (Part 2)(Takao MORIYASU)
ヨーロッパの歴史教育における学習成果・質保証(竹中亨)
名詞句の例外的概念拡張に認められる一般性と特殊性(岡田禎之)
『オデュッセイア』の読まれ方(1)(内田次信)
興軍の時─銀雀山漢墓竹簡「起師」について(湯浅邦弘)
宋代「検文書」孜─『宋西北辺境軍政文書』の性格(赤木崇敏)
ブレヒトとフリッツ・ラングの『死刑執行人もまた死す』(市川明)

『文学研究科紀要』第52巻-2(2012)

Pascal et la vie terrestre. Épistémologie, ontologie et axiologie du « corps » dans son apologétique(Hirotsugu YAMAJO)

『待兼山論叢』第47号(2013)

[哲学篇]

清華簡『説命』の文献的特質―天の思想を中心に―(金城未来)
The Disabled Body,the Abled-bodied Form:
 A Feminist Exploration of Dialogue between Beauvoir and Fanon (MInae INAHARA)
魂の内的葛藤についてーデカルト『情念論』第47項―(野々村梓)
神の存在・本質・力能―スピノザ『エチカ』におけるその同一性と原因の一義性―(藤野幸彦)
法システムと正義の概念(東暁雄)
Rasa in Vedic Literature: A Philological on a Mythological River (Tomoki YAMADA)

[史学篇]

佐賀の乱後の憂国派(飯塚一幸)
唐代河北藩鎮に対する公主降嫁とウイグル(新見まどか)
「他者」としての在外居留商人とその帰属意識
 ―『在ボローニャ・フィレンツェ商人組合規約』の考察―(森新太)
近畿地方における弥生時代の水利関係と水田校正の変遷(大庭重信)

[文学篇]

黄州時代の蘇軾における悲哀表現―「詩成却超然、老涙不成滴」を手がかりに(趙蕊蕊)
前号「夏目漱石『吾輩は猫である』縫田針作の材源―小出新次郎の女子裁縫高等学院経営―」
についての訂正(合山林太郎)
ラ・ボエシ『自発的隷従論』における「友愛」の諸相(山上浩嗣)
「シオン愛好家」としてのショレム・アレイヘムーシオニストとイディシストのはざまで―(赤尾光春)
人物呼称の表記の考察―村上春樹とその翻訳作品を中心に―(越野優子)
清子は蒙古王の家庭教師となる―大月隆『臥龍梅』(1906年)に見る女性家庭教師表象の一側面(小橋怜治)
日本語における準体述語文と人魚構文の歴史―上代から中世末にかけて―(坂井美日)
The Realm of Holgrave's Mesmerism and Narrative Strategy in The House of the Seven Gables
   (Mariko YOSHII)
Postmodern Salvation through Mythopoeia in The Man Who Died (Hiroko MIZUTA)
ランボーのカリカチュア的技法―科学用語の使用を中心に―(山本健二)
A Comparison of the Speech Patterns of Japanese and English Speakers in Discussions
  (Ami TSUKAMOTO)

[美学篇]

能楽の近代化と高木半―その履歴と能楽改良論への能役者の反応をめぐって―(中尾薫)
カルロ・クリヴェッリ作≪聖母子と聖人たち≫(ヴァチカン絵画館所蔵)
 ―19世紀の売却史料群から―(上原真依)
高木東六のピアノ作品―その特徴的性格―(樋口騰迪)
芥川龍之介の文芸観―クローチェ美学からの影響関係を中心に―(橘昭成)

[日本学篇]

集団回収の特徴とその変化に関する一考察
  ―2000年度と2011年度のデータを比較して―(波江彰彦)
半田知雄における移民のなやみ―ブラジル日系社会史の語りと移民の戦争経験を中心に―
  (ソアレス・モッタ フェリッペ アウグスト)
マルチメディア・コーパスと言語行動研究―先行研究との比較を中心に―(孫栄奭)
携帯メールの世代差―大阪中年層女性の携帯メールから―(白坂千里)
日本語学習を通して見える学習者の「自己実現」の過程
 ―国際結婚を機に来日した上海出身女性のケース・スタディ―(瀬井陽子)

[文化動態論篇]

フランス植民地下ベトナムにおける初等教育―仏越学校現地人教員の活動を中心に―(齊藤若菜)
From Zainichi Literature to the World: The University of Tal-Su Kim
 With the Translation of Tal-Su Kim's Leaving It Behind (Laura Fumiko Keehn)
名詞の語彙概念拡張に認められる非対称性(岡田禎之)

『待兼山論叢』第46号(2012)

[哲学篇][本文PDF閲覧]

デカルトは矛盾しているか?―心身の実体的区別と合一―(上野修)
[研究室展望]懐徳堂研究の新展開(大阪大学中国哲学研究室)
ベルクソンの直観概念―共感と神秘的経験―(田中悠介)
真理の多元主義は包括的真理をどのように扱うのか
 ―混合連言の問題をめぐって―(原田淳平)
ニクラス・ルーマンのシステム論を用いた対話型コミュニケーション活動の考察(小菅雅行)
五蓋を捨離するということ(古川洋平)

[史学篇][本文PDF閲覧]

北宋陜西地域の将兵制と地方統治体制(伊藤一馬)
豊臣期宇喜多氏の構造的特質(森脇崇文)
唐代の琵琶とその遡源(高橋照彦)
帝国のなかの官僚任用試験
 -19世紀後半イギリスにおける人事委員会の発達―(水田大紀)

[文学篇][本文PDF閲覧]

夏目漱石『吾輩は猫である』縫田針作の材源
 ―小出新次郎の女子裁縫高等学院経営―(合山林太郎)
鷗外の怪奇小説―明治期の心霊学の流行との関連をめぐって―(荘千慧)
蘇軾詩における自注(山上恵)
中古語トカクの意味的特徴―現代語との対照―(清田朗裕)
The Early Practice of Home Tourism:
  Thomas Pennant's Voyage to the Hebrides in 1772 (Tomoyuki HAYASHI)
Super Syphilitics or Alchemical Acid Heads? On the Nature of Genius in
Thomas M.Disch's Camp Concentration(Ian Stuart GARLINGTON)
An Argument for the Movement Analysis of SHIKA-NPI Licensing in Japanese
(Maiko YAMAGUCHI)
失われた「黄金時代」を求めて
 ―ライネロヴァー『あるプラハ人の夢のカフェ』における言語選択―(島田淳子)
マルグリット・デュラスの「音」と「境界」
 ―『モデラート・カンタービレ』を中心に―(青木佑介)
ロシア人捕虜の著書における日本人女性の表象
 ―F・クプチンスキーの『おいくさん』を中心に―(リンダ・ガルワーネ)

[美学篇][本文PDF閲覧]

芸術と死―ベンヤミン『ドイツ悲喜劇の根源』における悲哀劇と悲劇―(田中均)
河鍋暁斎筆「地獄極楽めぐり図」と勝田家菩提寺(曽田めぐみ)
再構成される<詞>と拡張される<心>
 ―藤原為家の歌論と実践に見る「古歌」再利用意識―(土田耕督)
ジェンダーからの逸脱
 ―『エオンナガタ』におけるシュヴァリエ・デオン像(神崎舞)

[日本学篇][本文PDF閲覧]

現代日本語における「人がある」存在文の成立条件(鄭聖汝・黒川尚彦)
1990年以降の再生資源輸出入の推移―日本と台湾を事例として―(波江彰彦)
神事芸能とその実践―伊勢大神楽講社加藤菊太夫組の事例から―(黛友明)
現代新聞における略語使用の変動傾向とその類型(タチアーナ・クドヤーロワ)
滋賀県長浜市における待遇表現の記述
 ―日本語諸方言の待遇表現記述にむけて―(酒井雅史)
日本語教師のキャリア形成―日本の社会構造における性別役割―(末吉朋美)

[文化動態論篇][本文PDF閲覧]<

[資料紹介]石濱文庫所蔵の桑原隲藏書簡
 ―マルコ・ポーロの「キンサイ=行在」説をめぐって―(堤一昭)
「ローカルなもの」の様相―オルゴーゾロの事例から―(井本恭子)
<少女>を探して―『小公女』にみる理想の少女―(鳥集あすか)
BCCWJに収められた新種の言語資料の特性について
 ―データ重複の諸相とコーパス使用上の注意点―(田野村忠温)

『待兼山論叢』第45号(2011)

[哲学篇][本文PDF閲覧]

銀雀山漢墓竹簡「五議」について(金城未来)
M.フーコーの社会医学/公衆衛生の記述について(大北全俊)
デカルトにおける「能動-受動」概念(野々村梓)
語りえなさをめぐる「人格」と「非人格的なもの」─S.ヴェイユにおける「人格と聖なるもの」を手がかりに(高山佳子)
討議の規則知は誰の知か(嘉目道人)
チャンナの自殺(名和隆乾)

[史学篇]

平安時代後期における目代の具体像─半井家本『医心方』紙背文書の検討から(吉永壮志)
「長期の18世紀」から「東アジアの経済的再興」へ(秋田茂)
13・14世紀モンゴル朝廷に赴いたチベット人をめぐって─チベット語典籍史料から見るモンゴル時代(山本明志)
棘付花弁形杏葉の変遷と彫金技術─7世紀における新来技術の導入と定着(高松由)

[文学篇]

泉鏡花『海神別荘』考─〈舞台演出〉に注目して(西尾元伸)
白居易「三教論衡」について(堀史人)
子どもとしての民衆へのメールヒェン─グリムとそれ以前のメールヒェンの比較研究から(吉田耕太郎)
換喩と個体性─名詞句単位の換喩における語用論的コネクターの存否からみた(大田垣仁)
The Shade of Monteriano in E. M. Forster's Where Angels Fear to Tread(Ryoichi KOMEDA)
Skepticism, Action and Ideas: Dr. Monygham as a Key to Nostromo(Kazuya TANAKA)
it-Cleft構文の語用論─語用論的機能とその効果(篠原弘樹)
フランツ・カフカの動物物語における身体表現(小松紀子)
フランシス・ポンジュの理性の詩学─「私の創作方法」を読む(太田晋介)
安部公房の<亡命文学>論─安部公房が語るガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(朴利鎮)

[美学篇]

文学作品の課題をめぐる解釈の変容─Adalbert Stifterの『晩夏』受容史を起点に(中野逸雄)
戦後放送音楽の「ホームソング」志向と三木鶏郎(輪島裕介)
G・リゲティの《時計と雲》における変容─反復・クラスター・カノン(奥村京子)
ヘルドルプ・ホルツィウス作「マルティン・ヒュロー夫妻の肖像画」─17世紀ネーデルラント商人の結婚政策と肖像画(河内華子)

[日本学篇]

地域科学、新経済地理学と日本の経済地理学に関する試論的考祭─ERSA50周年と日本の経済地理学(堤研二)
植民地台湾を生きる「家」の諸相─呂赫若の「財子壽」を中心に(鄭卉芸)
移住と言語変容─福井県若狭地方出身者を例にして(濱田隆文)
留学生活への期待と満足─短期留学特別プログラム参加生の声(北澤美樹)
副詞「まだまだ」の意味と機能(全紫蓮)

[文化動態論篇]

文学研究科共同研究「中近世日朝交流史の学際的研究」活動報告(伊川健二・合山林太郎・小野潤子・康盛国)
糸満漁民によるシンガポール出稼ぎ漁業─1920年代を中心に(矢景裕子)
〔資料紹介〕1908年の在神戸アメリカ領事報告(藤森衣子)
甦ったエデン神苑─初期近代イタリアの植物園に関する考察(桑木野幸司)
英語の同族目的語構文の特性について(大庭幸男)