『待兼山論叢』第9号日本学篇(1975)
元代地図の一系譜―主として李沢民図系地図について(高橋正)
『待兼山論叢』第10号日本学篇(1976)
Die Frage nach dem Absoluten in der modernen japanischen Philosophie―Über den Zusammenhang zwischen dem absoluten Niches und dem ewigen Nun(Mikio Kuroki)
『待兼山論叢』第11号日本学篇(1977)
Rehglous tradition in Japan(Yasuo Yuasa)
『待兼山論叢』第12号日本学篇(1978)
指示詞―朝鮮語이・그・저系列と日本語コ・ソ・ア系列との対照(田村マリ子)
朝鮮語の「nin(は)」と「ka(が)」―日本語・朝鮮語対照言語学の基礎として(前田綱紀)
『待兼山論叢』第13号日本学篇(1979)
十二巻『正法眼蔵』について(倉沢幸久)
他動詞の再帰性と使役の関係一日本語と朝鮮語の対照を通して(生越直樹)
『待兼山論叢』第14号日本学篇(1980)
宗教都市の景観と立地についての覚書(金井年)
現代日本語の敬語とスンダ語の敬語との比較研究―特にその敬語法の体系をめぐって(アデ・スラマット)
二言語使用(バイリンガリズム)に関する文献目録―日本における研究(生越直樹)
『待兼山論叢』第15号日本学篇(1981)
挨拶言葉における距離の意識(マラシー・セーンニコーン)
「カキ料理は広島が本場だ」構文について(野田尚史)
『待兼山論叢』第16号日本学篇(1982)
明治時代における日本のエジプト研究(イサムR.ハムザ)
在日韓国・朝鮮人のバイリンガリズム―アンケート調査の結果から(生越直樹)
龍舟競漕の比較研究序説―中国を中心として(黄麗雲)
『待兼山論叢』第17号日本学篇(1983)
新田研究と水利研究に関する近年の動向―近世歴史地理学の課題との関連において(飛田雅孝)
日・英語のていねい表現をめぐって(松田陽子)
合成音声によるアクセント研究―埼玉県東南部付近におけるアクセントの発語型と知覚型の比較(都染直也)
『待兼山論叢』第18号日本学篇(1984)
狂言の空問構造と記号―「茶壼」と「靱猿」をめぐって(カーン・テモテ)
勧誘・応答における中日言語行動の比較―「直接表現型」と「調和重視型」をめぐって(劉建華)
『待兼山論叢』第19号日本学篇(1985)
十六世紀日欧地図交流史に関する二・三の考察(高橋正)
伊藤仁斎関係研究文献目録(抄録)(清水徹)
接尾的要素「-性」「-化」の日中対照研究(水野義道)
『待兼山論叢』第20号日本学篇(1986)
「畿内の四至」と各都城ネットワークから見た古代の領域認知―点から線(面)への表承(佐々木高弘)
現代韓国語動詞のアスペクト(高正道)
『待兼山論叢』第21号日本学篇(1987)
日本王権神話の宇宙論―「日向三代」を中心に(魯成煥)
自然に関することわざについて―インドネシア語と日本語の場合(ニニェク・シャフルディン)
折衷(間接)話法の日仏比較対照―陳述のテンスを中心として(オリヴィエ・ビルマン)
オノマトペについての日中対照研究―人間の行為に関する蓑現を中心に(薛鳴)
『待兼山論叢』第22号日本学篇(1988)
宮座と村落共同体の一考察―岡山県神郷町高瀬の事例を中心に(崔杉昌)
中国歴史城郭楷式の一考察―南北朝都城を中心に(曹陽)
十津用方言音声のグロットグラム―ガ行子音・ダ行子音(真田信治・尾崎喜光)
日本語と「男女の文化」―日常語がつくる知識体系と圧カ(野呂香代子)
言語行動としての罵り―日木語と中國語の罵り表現の対照から(浜田麻里)
『待兼山論叢』第23号日本学篇(1989)
自岡表現をめぐって(森山卓郎)
日本人と異文化―インドネシアにおける戦前の日本人社会をみる(ナンダン・ラフマット)
近年における中日両国の対外意識に関する研究勤向―清末幕末の遣外使節と海外留学生を中心に(王賓)
京阪方言に対する他地方出身者の意識と方言使用(ダニエル・ロング)
タイ語と日本語の人物呼称の用法に関する対照的研究(カノックポーン・ケェンチャック)
『待兼山論叢』第24号日本学篇(1990)
うたい掛ける者とうたい掛けられる者―壮族の人生儀礼におけるうたの掛け合いとその規範(手塚恵子)
条件節と理由節―ナラとカラの対比を中心に(網浜信乃)
「謙遜の原則」の適用に関する比較社会語用論的試み(彭国躍)
サ変動詞をめぐって(平尾得子)
『待兼山論叢』第25号日本学篇(1991)
仁斎の朱子学批判―その展開と隠蔽(樋口浩造)
農事暦としての雪形―『長野県史民俗編』編纂資料から(荒山正彦)
認識動詞構文の構造と格(阿部忍)
中日挨拶省語行動の対照研究(曹偉琴)
オーストラリアの言語政策の聞題点―教育現場の視点(由井紀久子)
『待兼山論叢』第26号日本学篇(1992)
ポーランドにおける日本学の変容(マウゴジャータ・ドゥトカ)
東京出身者と大阪出身者による同一音声資料の聞き取り結果(土岐哲)
バロック都市の概念について―ザルツブルク市を中心に(金井年)
認識的モダリティにおける可能性判断について(三宅知宏)
日本語学習者における依頼表現―ストラテジーの使い分けを中心として(エレン・ナカミズ)
『待兼山論叢』第27号日本学篇(1993)
明治前期における神戸華僑への視線(西島民江)
〈大路渡〉とその周辺―生首をめぐる儀礼と信仰(菊地暁)
ノデ節、カラ節のテンスについて―従属節事態後続型のルノデ/ルカラ(岩崎卓)
低起式語の音声的変種―徳島県阿南市宝田町の場合(大和シゲミ)
取り立て助詞「も」と含意(中西久実子)
『待兼山論叢』第28号日本学篇(1994)
在米日本人の精神構造―「一世」への道程(竹歳達也)
「~ヨル(オル)」の残存について(井上文子)
相撲と河童伝承―「相撲を挑む」モチーフをめぐって(金容儀)
盛り場に住む人々にとっての「近代化」―大正・昭和初期の名古屡市大須(山田朋子)
名詞修飾表現における「トイウ」の介在可能性について―「内の関係」の名詞修飾表現な中心に(高橋美奈子)
『待兼山論叢』第29号日本学篇(1995)
日中儒学における二つの字義解釈―伊藤仁斎と戴東原(原良倩)
風景地の創出に関するノート―国立公園制度の成立を事例として(荒山正彦)
主題の省略と顕現から見た文連鎖の型―文類型との相関という観点からの考察(清水佳子)
日韓における軍隊敬語の実態(姜錫祐)
日本語母語話者の感謝表現―ストラテジーの種類とその使い分けを中心に(赤堀由紀子)
『待兼山論叢』第30号日本学篇(1996)
韓国で日本語と意識されて使われている語彙について(真田信治・姜錫祐)
経験をあらわす「シタコトガアル」について(池田英喜)
東京語、京都・大阪語話者による日本語アクセントの知覚と再現性(代田智恵子)
「民俗文化財」創出のディスクール(才津祐美子)
韓国人の日本留学―3・1独立運動期までの早稲田大学の例を中心に(林己煥)
『待兼山論叢』第31号日本学篇(1997)
19世紀日本における〈歴史〉の発見―屋代弘賢と〈考証家〉たち(表智之)
物集高見の文法研究―『初学日本文典書』について(山東功)
炭鉱労働における女性労働者の排除の正当化―女性労働者の坑内労働廃止をめぐって(岩屋さおり)
香港における「普通話」の普及度とその運用実態―返還直前のフィールドワークから(陳於華)
日本語学習者の情報要求と教授者の応答プロセスの分析―Exchangeを単位として(朝倉淳子)
『待兼山論叢』第32号日本学篇(1998)
沖縄初期県政の挫折と旧慣温存路線の確立―旧慣温存論争の政治史面からの再検討(森宣雄)
漱石のスタイルシフト(渋谷勝己)
接続詞スルトについて―命題レベル/判断・発話レベルの観点から(本多真紀子)
日本語母語話者と非母語話者による有効なコミュニケーションにおける調整過程(郷丸静香)
『待兼山論叢』第33号日本学篇(1999)
モダリティ論から見た「~と思う」(宮崎和人)
意志・推量形式「べー」の対照―用法変化の推論(舩木礼子)
在日コリアン一世の談話におけるスタイル切り替え―スピーチレベルシフトの様式に着目して(前田理佳子)
映画『狂宴』にみるおんなたちの声―奈良PRセンター周辺の場合(茶園敏美)
在日韓国人高齢者に関する一考察―養護老人ホームを事例として(全成坤)
『待兼山論叢』第34号日本学篇(2000)
方言のムードについてのおぼえがき(工藤真由美)
台湾における言語使用―政治意識という観点から(林欣儀)
ソウル方言話者の統語境界の知覚における韻律約特徴―日韓両言語のあいまい文の統語境界を中心に(李宝瓊)
近代における地方鉄道と地域構造―福岡県太宰府地域を事例として(堤研ニ)
『待兼山論叢』第35号日本学篇(2001)
諏訪農山村における部落会計の変遷と社会秩序(今里悟之)
ブルガリア東北方言話者による東京方言名詞一語文の知覚(江崎哲也)
言語外的条件による過剰適応―コミュニケーション行動の言語杜会心理学(オストハイダ・テーヤ)
青森県弘前方言のアスペクト・テンス体系〈動詞述語編〉(高田祥司)
『待兼山論叢』第36号日本学篇(2002)
戦後家族計画史のためのノート(荻野美穂)
マイノリティが開発と遭遇するということ―「もう、開発は腹いっぱい」を考えるための序論として(崔博憲)
「1」を含む数量名詞をめぐって(井土都)
音声・音韻レベルの切り替えについて(阿部貴人)
表現意図とその音声的特徴との関係―否定的傾きの有無による問い返し文の違い(増本佳奈子)
『待兼山論叢』第37号日本学篇(2003)
「ボーイズラプ」小説の変化と現在―角川ルピー文庫(一九九二~一九九五・二〇〇〇~二〇〇三〉作品の比較分析から(藤本純子)
Diachronic Change Within an Idiolect(真田信治)
名詞に接続する「など」の意味・機能―明治期と現代との比較を中心に(陳連冬)
日本語を第二言語とする定住者研究に関する一考察―エスノグラフィーの可能性(八木真奈美)
『待兼山論叢』第38号日本学篇(2004)
「記憶」と「記録」の狭間で―梅棹忠夫の戦中と戦後をめぐって(花森重行)
接続助詞化した「~うえで」形式の意味・機能(方允絅)
方言敬語動詞に共通して生じる意味領域の変化(水谷美保)
作文フィードバック活動の一実践をめぐって(山田久美子)
『待兼山論叢』第39号日本学篇(2005) [本文PDF閲覧]
「白衣募金者」とは誰か―厚生省全国実態調査に見る傷痍軍人の戦後(植野真澄)
現代日本語における「自身」の使用実態について(Charoenpit Natwipa)
政治とメタファー(Amatanon Meena)
大阪方言話者による母音無声化―その個人的特徴について(岡本耕介)
『待兼山論叢』第40号日本学篇(2006) [本文PDF閲覧]
近世の大阪の地図に関するノート(鳴海邦匡)
主体化と動員の陣地戦―植民地帝国日本の人種主義と総力戦体制下の部落解放運動を考えるために(廣岡浄信)
動詞のテ形・連用形に由来する副詞的成分の量的差異(林雅子)
社会命名論としての族譜の研究―「東原彭氏族譜」をデータとして(張洪彭)
地域日本語ボランティアに求められる力量(川嶋恵子)
『待兼山論叢』第41号日本学篇(2007) [本文PDF閲覧]
阪大ジーパン論争再考 一九七七→二〇〇七―女性と服装をめぐる議論の矮小化と隠蔽(小山有子)
数量を表す語句に接続するガ・ケドの用法(齊藤美穂)
接客言語行動における非定型表現(金美貞)
「平静の問いかけ」と「非難の問いかけ」の弁別に対するF0パタンの影響(田川恭識)
『待兼山論叢』第42号日本学篇(2008) [本文PDF閲覧]
行政はいかにして保全処分をおこなうか―1930年前後の植民地朝鮮と日本「内地」の麻薬中毒患者問題を事例として(石川浩士)
基本語化する外来語とその類義語―ヒトとヒトとの「トラブル」の場合(金愛蘭)
福島県郡山市方言の推量・意思表現バイ―若年層における確認要求表現への変化(白岩広行)
ティーム・ティーチングを通した教師同士の協同と学び(岡本和恵)
『待兼山論叢』第43号日本学篇(2009) [本文PDF閲覧]
構成的な共同性―岡本恵徳「水平軸の発想」を中心に(土井智義)
思考動詞の条件形「思うと」に関する一考察(河在必)
福岡市若年層方言のデハナイ(カ)相当形式に見られる方言接触(平塚雄亮)
借用の「位相」―JST・科学技術文献情報の「ユビキタス」を例に(石井正彦)
『待兼山論叢』第44号日本学篇(2010)
戦前の在日大韓基督教会とバイブル・ウーマン―民族教会の「オモニ信仰」との関連性を求めて(崔恩珠)
商品名命名の位相性―果実飲料を例に(蓑川惠理子)
外来語に現れるファ行子音の音声変異―ハ行音化現象と原音[f]の流入(小原貴子)
初任日本語教師はるこさんにとっての「語りの場」の意義―「叱る」ことに対する認識の変化を通して(大河内瞳)
『待兼山論叢』第45号日本学篇(2011)
植民地台湾を生きる「家」の諸相─呂赫若の「財子壽」を中心に(鄭卉芸)
移住と言語変容─福井県若狭地方出身者を例にして(濱田隆文)
留学生活への期待と満足─短期留学特別プログラム参加生の声(北澤美樹)
副詞「まだまだ」の意味と機能(全紫蓮)