金水敏 名誉教授 令和5年度 文化功労者顕彰

文学研究科の名誉教授 金水敏(きんすい・さとし)先生が令和5年度文化功労者に選ばれました。(大阪大学公式ホームページ掲載)

これからの人文学研究

 文学研究科名誉教授・金水敏先生が、令和5(2023)年度の文化功労者に選出されましたことに、心よりお喜びを申し上げます。私は、1998年に文学部に着任された金水先生とは所属が異なったため、当時、学内における接点は多くありませんでしたが、学会活動等をとおして20年以上、専門分野において数多くのことを学ばせていただきました。その後、2017年に文学研究科と言語文化研究科の統合構想がスタートし、学内的にも先生と接する機会が増えました。金水先生はこの構想の中心的な役割を担われ、ご一緒させていただいた会議における先生の数々のご発言は深く心に刻まれています。人文学研究科の生みの親である金水先生が、このたび文化功労者に選出されたことは、文学研究科のみならず、言語文化研究科に所属していた構成員にとっても大きな誇りです。

 金水先生はご専門の日本語学、特に「役割語」に係る研究を究められただけでなく、生成文法理論等、言語理論にも深い見識をお持ちで、日本語を詳細に記述し、さらに言語理論を念頭に置きつつ、そのデータを分析する研究スタイルは、データ駆動型の研究の重要性が指摘されるなか、これからの言語研究のあるべき姿を見通していたものであると思います。また、金水先生が最終講義の最後で使われた、「ひと」の本質を浮き彫りにしたビデオクリップから、人文学研究科長として研究科を運営していく上での貴重な指針を得ました。

 第6期科学技術・イノベーション基本計画において、「総合知」が今後の科学技術の発展には必須であることが謳われていますが、「言語」研究がその重要な柱であることは間違いありません。先生には今後ともますますご健勝で、言語研究のあるべき姿のみならず、我が国におけるSDGs達成に向けて、人文学に係る更なる指針を示していただけることと確信しております。

 改めまして、金水先生、このたびのご顕彰、誠におめでとうございます。

2023年11月
人文学研究科長 宮本 陽一

 大阪大学名誉教授・放送大学大阪学習センター所長の金水敏先生が、令和5年度(2023)年度の文化功労者として顕彰されました。昨今の人文学を取り巻く厳しい環境のなか、このたびのご顕彰は、金水先生お一人にとどまらず、人文学を志す後進にとっての大いなる吉報です。ここに心よりお慶び申しあげます。

 金水先生は、平成10年4月に、半年の併任を経て、国語学の助教授として大阪大学文学部にご着任になり、平成13年に大阪大学大学院文学研究科教授にご昇任、平成18年の『日本語存在表現の歴史』で、第25回新村出賞を受賞されました。その学問的な功績から、令和2年12月に日本学士院の会員に選出され、同時に大阪大学栄誉教授の称号を付与されておられます。その間、長きにわたり大阪大学大学院文学研究科および大阪大学文学部において教育に当たり、平成28年度より2年間の文学部長・文学研究科長在任中には、「文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったとき」であると語りかける卒業式での式辞が、文学部無用論への警鐘として広く耳目を集めました。サロンDean’s Nightを主宰され、文理融合的な知的交流を促進されたことも記憶に新しいところです。

 今回のご顕彰は、日本語の「ある・いる・おる」といった存在表現を通時的に解明し、特定の人物像(キャラクタ)と結びついた話し方の類型を指す「役割語」の概念を新たに打ち立て、文化史をも視野に入れた言語史を提唱されたことによるものです。役割語のご研究が、専門分野を超えて広がる学術的な創造性と、学界の壁を越えて多くの人を惹きつける高い波及性を兼ね備えていることは、市民社会における人文学研究の未来を考える指針となることでしょう。

 改めまして、金水敏先生、このたびのご顕彰、まことにおめでとうございます。

文学部長 栗原 麻子

 このたび、文学研究科名誉教授・金水敏(きんすい さとし)先生が、令和5年度の文化功労者として顕彰されました。心よりお慶び申し上げます。

 金水先生は、神戸大学・大阪女子大学を経て、平成10年に大阪大学に着任され、令和4年3月まで文学研究科教授として、ご自身の御研究とともに、多くの学生を指導なさって来られました。

 本学在職中の令和2年12月には、その学問的な功績から、日本学士院の会員に選出されたのも記憶に新しいところですが、このたび、文化功労者に選出されましたことで、改めて、金水先生のご研究が、また、日本語史学が、人文学が、注目されることになりましたことを嬉しく存ずるものです。

 金水先生の御専門は、日本語の歴史的な変遷について、主に文法に関わる事項の変遷を中心に研究するものですが、言語理論に関するものから言語史の資料研究に至るものまで、また対象とする時代も古代から現代に至るまで多岐にわたっており、その成果が、関連する諸学界に与えた影響は大きく、また、新たな学問分野を切り開くものもありました。

 こうした幅広い領域の研究の中から、存在表現に関わるものと、役割語に関わるものだけを紹介させていただきますと、日本語には存在動詞が多様で「ある・いる・おる」がその主なものですが、これらの意味的な、あるいは地理的な分布が、どのように推移してきたのかという問題に取り組まれ、多くのことを明らかにされました。

 存在動詞は、進行を示す「てある・ている」に現れるなど、文法上「アスペクト」と言われる範疇とも関わり、またこのアスペクトはテンス(時制)との関わりが深く、これらの研究も金水先生の研究対象でしたが、先生の御研究は、言語理論と資料の調査に基づく言語史記述が結び付いたもので、学界に大きな影響を与えてきました。

 金水先生が提唱し、いまや日本語以外の言語についても、その研究が行われるようになった「役割語」(話し方と特定の人物像が結び付けられたステレオタイプ的なスピーチ・スタイル)についても同様です。この「役割語」という概念の提唱は、具体的な記述とともに行われたものでした。これも存在表現の「いる・おる」の違いと関わりますが、現代語において「知っておる」などは、「知っている」に対する老人の言葉であると見なされています。「だ」に対する「じゃ」も老人の言葉とみなされますが、これらが老人語となった要因を、江戸時代の江戸における言語生活と結び付くものであることを明らかにして、これは、役割語を研究する意義を示すとともに、そこには史的な研究が必要であること、またそれは文化史も視野に入れた言語史でなければならないことを示すなど、役割語研究の筋道を示した開拓であり、言語研究にとどまらず、いろいろな方面に影響を与えた研究となりました。先生の役割語研究につきましては、おりしも、『バーチャル日本語 役割語の謎』『コレモ日本語アルカ?』の2冊が文庫化されたところでしたので、更に広く読まれることとなると思われます。

 金水先生が文学研究科長だった際、文学部を卒業する学生に、文学部的な学びとはどのようなものであるか、ということについて伝えたメッセージが感動を呼び、学外からも大きな反響を呼んだことがあったのも思い起こされます。これからも、人文学研究の大切さを伝えていただけるであろうことも期待して、慶びのことばとさせていただきます。

日本文学・日本語史学講座 教授 岡島昭浩