パーソナルツール

現在位置: ホーム / 学部・大学院 / 文学部 / 教員インタビュー / 望月 太郎 教授《哲学・思想文化学専修》

望月 太郎 教授《哲学・思想文化学専修》

もちづき・たろう
1962年生。1991年、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程哲学哲学史専攻中退。文学博士(大阪大学、1997年)。徳島大学、東海大学を経て、1998年4月、大阪大学大学院文学研究科助教授。2004年4月、大阪大学大学教育実践センター助教授。2006年11月、大阪大学大学教育実践センター教授。2012年4月、大阪大学大学院文学研究科教授。主な著書に『技術の知と哲学の知―哲学的科学技術批判の試み 』、共著に『平和の探究 』など。 


聞き手・構成=平山裕人(英米文学・英語学専修2年)、渡川和子(比較文学専修2年)
写真=近松由望(ちかまつ・ゆみ)

フランス哲学を選んだ理由

渡川:フランス哲学を専攻しようと思った理由は?

きっかけは、デカルトという哲学者について研究してみたかったからです。デカルトっていうのは近代哲学の始まりに位置すると言われています。「我思うゆえに我あり」という有名な言葉で知られるようにね。哲学あるいは思想という言葉がありますが、思想無き人生は無意味であると私は思うわけです。生きていくうえで確かな思想を持ちたいと思い、哲学を専攻しました。

平山:フランス哲学の魅力は何ですか?

まず、自由なスタイルっていう点ですね。デカルトから始まるフランス哲学の一つの特徴ですが、当時で言えば教会や大学といった社会的権威というものに縛られていないんです。そもそもデカルトは「書物による学問を捨てた」と言っていますからね。大学なんてダメだ、書かれた書物もダメだと言っていたんですよ。それから、明晰で学際的な点が挙げられます。日本語の哲学と違って、フランス哲学は難しい言葉を使わないんです。

学生時代について

平山:どのような学生時代を過ごしていましたか?

ワンダーフォーゲル部という登山サークルに入っていました。日本国内の主要な山、南アルプス、北アルプス、北は北海道から南は屋久島まで日本中の山を登って、大学を卒業してからはヒマラヤにも行きましたね。
登山を通して、サバイバル技術が身につきました。野外で水を汲み飯を炊き、生き残るっていうね。学部生のときには研究者になろうとは特に思っていなかったので、山登りをしていた以外は普通の学生でした。
でも、フランス語と英語の勉強は、かなり力を入れていました。私の学部時代の大学は、語学教育に熱心な学校だったので、英語は週20時間ぐらい授業がありましたし、フランス語はフランス人の先生に習っていて、夜はフランス語の学校にも通っていました。あと原典を読むためにラテン語を学びました。デカルトの書物はかなりの部分がラテン語で書かれているからね。やはり、原典で読んだほうがニュアンスがよくわかります。

渡川:なぜ研究を続けようと思われたのですか?

学部を卒業する頃に、自分の勉強しているフランス哲学の奥深さを改めて実感したんです。加えて当時、阪大の大学院にはフランス哲学の権威、トップと言える人たちがそろっていたので、そこで学びたいと思ったんですね。その後、修士課程を出て、私はベルギーのルーヴァンカトリック大学というところにすぐに留学したんです。1年間行っていましたが、ヨーロッパでアフリカを発見しました。行く前は、ヨーロッパは、当然フランス人とかドイツ人とか、白人の国だと思っていたわけですよ。ところが実際は、大学にアフリカからの留学生がたくさんいたんです。北アフリカのアラブ諸国や西アフリカの国々からの留学生が大勢いましたね。そういう人たちと出会って、友達になって、ヨーロッパとアフリカってすごく近いんだなって思いました。そういうアフリカの国々から来る人っていうのは、経済的にも、政治的にも不安定な状況の中で留学しに来ているわけです。要するに植民地としての関係が今でも続いているなって思いましたね。
私は1988年から1989年にかけて留学していましたが、1989年は激動の年で、天安門事件やベルリンの壁の崩壊など、要するに東西冷戦構造が実質的に崩壊し始める年だったんです。中国人留学生も多くて、活発に活動していましたね。彼らにも触れて、心を動かされました。哲学に限らず、学問っていうのはすべて大学の中、研究室の中に閉じこもってやっているもんじゃないと思ったね。世界を動かす学問じゃないと意味がないと思いました。これは今の私の研究にもつながっています。

研究内容について

渡川:どういうことについて研究してきたのか教えてください。

デカルト、それから現代フランス現象学の研究をしていましたが、国立大学の法人化に反対する運動に参加したのがきっかけで、今やっているオルターグローバリゼーションの研究や、哲学実践の方へ傾きましたね。オルターグローバリゼーションというのは、現在の新自由主義に基づくグローバリゼーションに代わる、新しい考え方のことを言います。新自由主義というのは、一言で言うと、すべてを市場原理で扱おうとする流れですね。その流れに大学が絡め取られてしまう。だから大学も市場競争の中に巻き込まれていくわけでしょう。その中で教育が商品化していく。入学生はお客さん、卒業生は商品、というふうにね。そういう流れを根本から転換させなければならない。
今、研究とその実践に力を注いでいるのは、発展途上国での哲学教育です。タイのチュラロンコン大学で客員教員として教えているのと同時に、カンボジアの大学に哲学実践の大学院を立ち上げようというプログラムを行っています。特にカンボジアみたいな国では、実は哲学という学問が必要とされているんです。平和な国を作るためには心の平和を考えることから始めなきゃいけない。自分で考え、批判することのできる人間が育ってくれればいいと思います。ただし、自分で考え批判するっていうのは、カンボジアのような国では身の危険も伴うわけですよ。政治的な状況が日本と違いますからね。
もう一つ、ヨーロッパから始まった哲学を、いかにアジア、特に東南アジアの教育風土に適合させるか、実践しながら試しているところです。例えば、英語の論文の書き方を授業で教えていますが、学生は完全に日本語で考えているから、英語で考える、その考え方から教えないといけない。ただ、アングロサクソン的な思考法が、直ちにアジアの教育風土になじむわけじゃないので、そこをどう調整するかが課題ですね。そういうのを、教室で教えながら学生の反応を見るんですよ。これも哲学実践の一環ですね。

平山:教授が考える、哲学の存在意義、哲学を学ぶ意味はなんですか?

思想を持つこと、それによって社会を変えていくことですね。まず自分の生き方を変えていく、そして社会を変えていくっていうことですね。そのために哲学があると思います。思想っていうのは実践を伴わなければ意味がないでしょう?だから、哲学も頭の中で考えているだけでは何の意味もないでしょうね。

学生へのメッセージ

平山:どんな学生に、哲学を学んでほしいと思いますか?

国連などの国際機関とか、NGOとか、広く国際社会に出て働きたい人を期待していますね。逆説的に聞こえるかもしれないけど、世界を変えることなしには、国も地域も変わらないんですよね。要するに、グローバルな変革を視野に入れないことには、いかなる変化もありえないっていうことですね。

渡川:若者に一言お願いします。

世界を見る旅をしてほしいです。とにかく大学の外に出ろ、ということですね。最近の若者は何かと最短距離を走ろうとしますね。4年で大学を卒業してそのまま就職、といったふうにまっすぐ行こうとする。やっぱり、日本の社会っていうのが、すごく単線進行的で同調圧力が強い社会だから、マジョリティに属していないと、すごく生きづらいんだと思います。日本って変な人が少ないでしょう? 面白くないでしょう? 変な人、逸脱した人がいるから世の中は面白いんですよ。みんなどういう未来を目指すのかっていうビジョンがなくて、生命力に欠けていますね。すでに作られてしまった秩序の上ですべてが整然と並んでいる雰囲気があって、そこから逸脱することを恐れている。現行のシステムには限界が来ているってみんなが言いつつ、それでもそこにしがみつこうとする。だから、いい意味での混沌としたところから湧き上がる生命力っていうのを感じられないんです。こういうのは東南アジアに行くとものすごくあるので、旅に出てそういう生命力を体で感じてほしいですね。


『大阪大学文学部紹介2013-2014』からの抜粋。聞き手の学年は取材(2012年10月)当時。