比較文学は、主に西洋と日本の近代文学の相互関係を研究する学問です。ただ個々の作品の影響関係を貸借表や成分表示のように並べるだけではありません。そうした受容や変容をもたらした文学のグローバリゼーションという大前提や、それに対する抵抗についても検討する必要があります。たとえば、オリエンタリズムやジャポニスムといった西洋の東洋に対する関心は、日本でどのように交錯したのか、その結果、「日本」や「西洋」という枠組み自体が、どのように作られ、変化していったのか、そんな相互交渉を扱うことこそが比較文学の本領といえます。
このほか、ある主題に従って世界の文学を横断するテーマ研究、絵画と文学といったジャンル間交渉、帝国と(脱)植民地主義をめぐる問題なども比較文学の対象となります。いずれにせよ、一方ともう一方とを比較する以上、その両方について綿密な調査と実証が欠かせません。そして両者の比較を可能にするだけの確かな外国語運用能力と厳密な方法論も求められることになります。
教員紹介
教授 橋本 順光
はしもと よりみつ 1970年生。大阪大学文学部英文学専攻卒業(1994)、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究修士課程修了(1997)、ランカスター大学大学院歴史研究科博士課程修了Ph.D.,(2008)。2001年4月より横浜国立大学教育人間科学部講師、2009年4月より大阪大学文学研究科准教授を経て、2019年4月より現職。 専攻:比較文学・英国地域研究 |
- 研究紹介
- 研究の一つの柱は、19世紀末英国のオリエンタリズムです。黄禍論やジャポニスムが、どのような交渉や関係者によって流通したのか、文化や文学の分野で研究しています。第二には、旅行記研究があります。1920年代を中心に、ロンドンと横浜を結ぶ航路にそって日英の心象地図を探りながら、同時代に流行していたモダニズムや文明論との関連を調べています。これら二つの柱をつなぐものとして、日本における神智学の受容について、アジア主義や絵画、小説などとの関連に目配りしながら、研究しています。
- メッセージ
- ジャンルや言語の越境が、テクストの精読と相乗効果を生むような研究を目指しています。時空を駆けめぐりつつ、地に足のついた研究というのは形容矛盾かもしれません。しかし、比較文学を学ぶ大学院の人々は、大胆な直感を地道な調査で裏付けながら、読者に比較する醍醐味と必然性の双方を実感させるような研究に、ぜひとも挑戦してほしいと思っています。
- 主要業績
- 編著 Caricatures and Cartoons, 1906-1920, 4 vols. (Tokyo: Edition Synapse, 2017);編著『欧州航路の文化誌-寄港地を読み解く』 (青弓社, 2017); "Pirates, Piracy and Octopus: From Multi-Armed Monster to Model Minority?"in Inaga Shigemi (ed.), A Pirate's View of World History (Kyoto: International Research Center for Japanese Studies, 2017); 「英国外交官の黄禍論小説-ジョン・パリスの『キモノ』(1921)と裕仁親王の訪英」(『大阪大学大学院文学研究科紀要』57巻, 2017);「朝顔のジャポニスム-園芸と工芸と文芸」(『美学研究』11号, 2017);「上野動物園黒豹脱走事件(1936)とその余響-暹羅派遣経済使節から戦時猛獣処分へ-」(『日本研究論集』14号, 2016); 編著 Caricatures and Cartoons, 1890-1905, 3 vols.(Tokyo: Edition Synapse, 2015); 「ホイッスラーが切り結んだ日本-橋・花火・禅-」 (『ジャポニスム研究34号別冊』, 2015);「山田長政の秘宝譚-『日東の冒険王』からオーストラリアの伝説まで-」,(『日本研究論集』11号, 2015);「ポカホンタス伝説としての山田長政物語-明治の小説から大映の映画まで-」(『タイ国日本研究国際シンポジウム論文報告書2014』, 2015); 「手塚治虫に見る映画『王様と私』の流用-「孔雀貝」と「火の鳥」-」,(『日本研究論集』10号, 2014); 「ディキンソンの『中国人からの手紙』(1901)とアジアでのその受容」(『待兼山論叢』文学篇48号, 2014); 「アイルランド神智学徒のアジア主義? ジェイムズ・カズンズの日本滞在(1919-1920)とその余波」(藤田治彦(編)『アジアをめぐる比較芸術・デザイン学研究-日英間に広がる21世紀の地平-』 2013); 「鹿子木員信のインド追放とその影響」(『世紀転換期の日英における移動と衝突-諜報と教育を中心に-』, 2013)など
- 概説・一般書
- 「繰り返されるパターン 物語の系譜学」(『産経新聞』関西版2015年4月から隔月);「インディアン・ロープ・マジック-幸田露伴から手塚治虫まで-」一柳廣孝監修『怪異を魅せる』(青弓社, 2016);「小説」(神崎宣武, 白幡洋三郎, 井上章一編『日本文化事典』丸善出版, 2016); 「欧州航路の三島丸と与謝野晶子との交錯」(林洋子監修『藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916 上巻』人文書院, 2016); 「インドの陶芸家グルチャラン・シン」(『民藝』2015年3月号-6月号); 日本語字幕版監修『アンドリュー・マーのヒストリー・オブ・ザ・ワールド』DVD全8巻(丸善出版, 2014); 「カーゴ・カルト幻想-飛行機崇拝の物語とその伝播」(『天空のミステリー』 青弓社,2012); 「「芸術家マンガ」試論-マンガの自意識と芸術家像の変容」 (『美術フォーラム21』24,2011);など。
2019年 4月更新
准教授 鈴木 暁世
すずき あきよ 1977年生。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。大阪大学文学研究科助教、V&A(ロンドン)客員研究員、福岡女子大学専任講師、金沢大学准教授を経て、2020年4月より現職。 専攻:日本近代文学、比較文学 |
- 研究紹介
- 日本近代の文学作品を深く読み込むと同時に、当時の社会状況や文化との関わりを見すえながら、その意義や問題点を探っています。近代日本の文学者たちは、先行する文学作品や海外の文学・文化などさまざまなものを糧としながら、その影響力の大きさに抗い、独自の文学作品を創作していきました。その一方で、日本文学もまた翻訳され、海外の文学者たちに影響を与えていきます。この、異言語、異文化間のダイナミックな相互交渉をつきとめ、日本近代文学の姿を捉えることに研究の面白さと可能性を見出しています。
- メッセージ
- 文学作品をじっくりと読むこと。そして、貪欲に資料を調査すること。こういった地道な研究活動によって得られた新たな知見に基づいて、文学的想像力の源泉を問うことに研究の歓びがあります。文学者たちの想像力の熱い奔流と交感がどのように文学を生み出したのか、そして文学作品はどのように読まれてきたのかを問うことは、世界文学の潮流の中の日本近代文学の姿とその魅力を活写することにつながるでしょう。〈現在〉を生きるためにこそ、文学作品を読んでほしいと思います。
- 主要業績
- 『越境する想像力 日本近代文学とアイルランド』(大阪大学出版会、2014)、『文学 海を渡る』(共著、三弥井書店、2016)、『幻想と怪奇の英文学Ⅱ』(共著、春風社、2016)、『日本文学の翻訳と流通』(共著、勉誠出版、2018)、「芥川龍之介「シング紹介」論―「愛蘭土文学研究会」との関わりについて」(『日本近代文学』2008.5)、「J. M. シングを読む菊池寛/菊池寛を読むW. B. イェイツ」(『比較文学』2011.3)、「郡虎彦「義朝記」( The Toils of Yoshitomo )成立の背景―演劇、プロパガンダ、女性参政権運動―」(『日本文学』2019.11)
- 概説・一般書
- 「複数の手で言葉に触れる 岡井隆・関口涼子『注解するもの、翻訳するもの』を読む」(『現代詩手帖』2019.8)、『田辺聖子文学事典 ゆめいろ万華鏡』(分担執筆・事項解説、和泉書院、2017)
2020年 6月更新