ご挨拶

文学部へようこそ

文学部長 栗原 麻子

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大阪大学文学部は、1948年に哲学・史学・文学の三分野から出発し、1973年に国立大学で唯一の美学科を新設、1986年には日本学科を設置、2007年には、文学研究科に、分野横断的に現代社会の諸問題を対象とする文化動態論専攻を設置して、人文学の新たな地平を開くための挑戦を続けてきました。大阪大学文学部は、文献学的な方法論とディシプリンに基づく基盤研究と応用研究の、絶え間なき対話のもとに発展してきたのです。2022年には、文学研究科が、言語文化研究科との統合により、新たに、人文学・言語文化学・外国学・日本学・芸術学の5専攻を擁する人文学研究科として生まれ変わります。それに伴い、文学部は、人文学研究科の傘のもとで、20の専修を擁する独立部局として、人文学専攻、芸術学専攻、および日本学専攻の基盤日本学コースと密接に連携しつつ、これまでと変わらず、人文学知の深化と普及に務めます。

私たちは、知らず知らずのうちに、自分たちが生きている時代や社会の常識に囚われ、それを疑うことなく毎日を過ごしています。広く世界を見渡し、歴史を遡れば、自分たちの当たり前が、決して人間のこれまでの歴史に基づく蓄積の中で、当たり前でないことに気づくでしょう。そのことに気づくためには、自分たちの今を、掘り下げていくことが必要です。過去に遡ることを通して、思想を学ぶことを通して、あるいはまた、古典を辿り、これまで蓄積されてきた人文学の知を享受することによって、私たちは、自分自身と他者の関わり合いや、自分の生きている社会、そして自分自身に対する理解を深め、さらには、それらを客観視し言語化して、伝えることができるのです。文学部での学びは、皆さんに、問題を即決するための処方箋を与えることはできません。人文学は、繰り返し問いかけ続ける学問だからです。しかしながら、文学部の20専修での学びは、皆さんの人生の質を高めることにつながるでしょう。

2019年冬以降、世界を揺るがせたコロナ禍は、私たちに、科学技術の有用性を再認識させました。それと同時に、危機の時代のなかで、多くの人々が、芸術、文化、倫理、法、経済といった諸要素が、人間の生活を維持し、社会システムを形成し、人間精神を支えるために不可欠であることを、身をもって感じることになりました。現代社会はまた、高齢化や、家族制度の揺らぎ、ジェンダー、国境を越えた人の移動や紛争といった中・長期的な課題に直面しています。これらの課題に対応するためには、歴史的な知見に支えられた現状把握と、思想的な裏付けが必要です。例えば私が研究する古代ギリシアでも、老いや家族関係は、重要な社会問題だったのです。現代社会を取り巻く制約を客観化することで、現代社会の諸課題をより俯瞰的に捉えることが可能となるでしょう。今まさに、最先端の技術と人文系の学問の融合が要請されているのです。

文学部の20専修は、文学作品や哲学書、日記や行政文書といったさまざまな文字資料の厳密な読解、絵画・建築・彫刻といった図像資料の分析、古今の音楽や演劇のパフォーマンスの分析、発掘、聞き取り調査、GPSの解析、ビッグデータの利用やフィールドワークといった多様な手法を通じて、それぞれの学問領域に貢献し、それを地域に還元し、国際的な学術交流と交換留学制度を通じて、その成果を世界に発信しています。

文学部の責務は、人文学の知を、継受し発展させ、伝えることにあります。その知を継承し挑戦的に発展させる次世代の研究者や、知の継承・発展に携わりつつそれを社会に伝える、学芸員や高等学校の教員、編集者といった職業人を育てるとともに、人文学知を社会に還元し、市民社会の礎とすることが、私たちの願いです。

かつて江戸時代の大阪には、町人と武士がともに学ぶことのできた学問所「懐徳堂」がありました。それを精神的な源流とする大阪大学文学部で、みなさんと出会えることを心から期待しています。