文学部へようこそ
文学部長 山上 浩嗣

文学部の公共的役割とは何でしょうか。それは、古今のあらゆる人間の文化的活動の産物——文学作品、芸術作品、哲学的著作、歴史・考古学的資料など——を正しく解釈し、未来に遺産として伝えていくことにあります。そのためには、個々の対象を客観的に評価し、正確に解読し、その成果を明晰な言語で伝える必要があります。一般に、文学部をはじめとする人文学系の学部は、このような営みを担っています。
なぜそのような努力が求められるのでしょうか。それは、現在の常識や支配的な思想が、つねに正しいとは限らないからです。社会が直面する課題には、多くの場合、唯一の正解は存在せず、複数の選択肢のなかから、可能なかぎり良識ある判断を下すことが求められます。そのためには、過去の知恵に学び、過去の過ちを省みつつ、現在の通念を批判的に検討する視点が不可欠なのです。
また、優れた文学作品や芸術作品は、時代を超えて普遍的な共感を呼び起こします。喜びや希望を与える一方で、悲しみや苦しみを抱える人の感情や経験を代弁し、心の痛みを和らげる力をもっています。そして、作品は読み継がれ、鑑賞され続けることによって、そのつど解釈が更新され、新たな魅力を生み出します。ホメロス、プラトン、紫式部、ミケランジェロ、シェイクスピア、バッハの作品が、今日においても人々の胸を打つのは、そのような継承の営みの成果にほかなりません。
大阪大学文学部は、哲学、歴史学、文学、言語学、芸術学に関わる二〇の専修を設置し、文字どおり古今東西の精神文化を対象とする教育・研究を行っています。研究手法も多彩で、外国語や古典語の習熟を通じた原文読解に基づく伝統的な人文学的方法にとどまらず、分野によってはフィールドワークや、デジタル・ヒューマニティーズなどの情報技術を用いた分析手法も取り入れています。近年では、学問的知見を社会と協働して活かす試みも活発であり、医療現場への取材、劇場運営への参画、遺跡調査の成果を生かした街づくりなどにも取り組んでいます。
研究対象となる作品や史資料も、研究テーマも、無数に存在します。何を探究するかは、みなさん一人ひとりの自由です。みずから選び取った対象に向き合い、とことんまで追究することには、何ものにも代えがたい知的な喜びがあります。本学部の学生は、四年間を通じて、経験豊かな教員による手厚い指導、豊富な授業と一貫した教育プログラム、充実した研究環境のもとで学問的鍛錬を積み重ね、その集大成として渾身の卒業論文を完成させます。
なお、二〇二二年には、大阪大学文学部と教員組織を共有していた大学院文学研究科が大学院言語文化研究科と統合し、「人文学」「言語文化学」「外国学」「日本学」「芸術学」の五専攻を擁する大学院人文学研究科が誕生しました。約二七〇名の専任教員を擁する、全国でも有数の人文学系研究組織です。以後、研究・教育体制はいっそう充実し、学際的主題を探究するプログラム、交換留学制度、学会発表補助をはじめ、学生の多様なニーズに応える仕組みが整えられつつあります。本学部の学生は、ぜひ大学院人文学研究科への進学も検討してください。
大阪大学の源流のひとつである懐徳堂は、江戸時代に創設され、多くの優れた学者を輩出しました。そこでは、自由と独立が重んじられ、武士と庶民が分け隔てなく学びました。大阪大学文学部は、この懐徳堂の精神を受けつぎ、今日も自由闊達な雰囲気のもとで、日本の人文学を支える主要な機関のひとつとして歩みを続けています。みなさんが本学部に入学し、この営みに加わってくれることを、心から楽しみにしています。
2026年4月